ことり通信

地域ならではのすてきなものや旅のことをつらつらと

(追記)ほぼ初めての海外は女香港一人旅

海外へ旅するときはたびレジに登録を

初めての海外一人旅をした香港から帰国して、1か月がたちます。

ご存知のように、今香港のデモは激化し、日本でも連日のように報道を耳にします。

私が渡航した7月9日~12日以前は、デモの報道がされながらも、現地の友人の話では「週末だけ、場所も事前に決められ」、秩序だって行われている印象でした。

実際に足を運んだ印象も、渡航前の大規模デモのあった付近ですら、その空気を感じることは殆どありませんでした。

 

ただ、12日に帰国し、成田空港から自宅へ向かう電車の中で、出国前に登録しておいた外務省の「たびレジ」

www.ezairyu.mofa.go.jp

から下のようなメールを受信しました。

 

 (たびレジは、外務省が海外の最新安全情報を無料で配信してくれるメールサービス。渡航国・期間・名前・メールアドレスなどの事前登録が必要ですが、5分程で登録は終わります。)

 

短期旅行だった私は、受信を渡航期間中だけに設定したので、7月12日以降は香港に関する注意喚起のメールは来ていません。(ちなみに、渡航予定がない方も情報収集のために登録することができるようです。)

時事通信や各報道機関によると、メールの本文通り、7月14日には九龍半島の沙田で12万人近い参加者の大規模デモ、香港島中心部で報道関係者による抗議活動があったようです。

 

 香港へ旅をした理由の1つに、

デモの報道を見て、一国二制度の社会でどんな風に現地の人が考え、暮らしているのかに興味を持った自分がいましたが、メールとはいえ「数時間前まで滞在していた街の様子が一変する」と思うと、体がこわばりました。そして、現地の友人や滞在したホテルの親切な女性スタッフなど、香港で出会った人達の顔が浮かびました。

 

帰国後編にも書きましたが、海外へ行く時は、それなりの心づもりとできるだけの準備が必要なのだと改めて思わされます。

海外旅行者に被害が出たなどの報道は今の所(8月13日)ありませんし、デモ自体を危ない・怖いものとして決めつけるのは好みませんが、香港に限らず何の予備知識や現地の政情を知らずに海外へ行くことは、大きなリスクがあると言わざるえません。

 

海外初心者の私では説得力に欠けますが、

出国前には「たびレジ」への登録を防衛策の1つとしてされることをおすすめします。

また、現地在住の方がブログやツイッターで発信されている情報は、タイムリーで細かなことにも言及してくれるので、公式情報とあわせて参考にさせてもらうとより安心です。

 



 

世界一周ゼミ@旅大学 後半戦レポート

全4日間にわたる旅大学の世界一周ゼミが、7月6日に終わりました。
前回の旅大学の記事(6月24日付)からしばらく時間があいたのは、これからご紹介する3日目のゼミで、大きく影響された面があったからです。
ここでは、3日目と4日目の最終日について振り返ろうと思います。

世界一周ゼミ3日目のテーマは「旅とキャリア」でした

3日目も、前回と同様に4~5名に分かれて、 自己紹介とブレストからスタートしました。テーマは「旅先で海外の人と仲良くなるためにできること」や「旅の価値とは何か?」でした。

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ブレストの進行をするミッチーさんは、水を得た魚?に見えます・・

TABIPPO代表しみなおさんの登場

早々にミッチーさんが退場すると(体調不良で本当に退かれたそうです)、ここで「しみなお」さんこと、清水直哉代表が登壇。トーク予定の「旅とキャリア」は、世界一周ゼミを申し込んだ時から1番気になっていたテーマでした。結果を言うと、内容は予想以上のものでした。

私たちは、世界一旅しやすい国に生まれ、旅ができる時代に生きている

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しみなおさんは、最初に「180か国」という数字をあげました。これは2018年時点で、「日本のパスポート所有者がVISAなしで行ける国数」だそうです。上位の国に若干の変動はあるものの、下位の国々が20数か国しか行けないことと比べると、とてもありがたい数字だと分かります。世界各国から日本が信用されている証拠です。

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日本はVISAなしで渡航できる国ランキング1位(2018年)

次にあげた数字は「23」。日本人のパスポート所有率だそうです。随分低いと感じませんか?私を含めほとんどの参加者が、驚きの声をあげていました。
日本で海外旅行が自由化されたのは、前回の東京オリンピックが開催された1964年です。まだ55年しか経っていないことを考えると、自然でしょうか。個人的には、島国に住むゆえに必要がなかったことと、語学が関係していると思っています。

「180」と「23」。2つの数字を振り返って、今日本人として生きている私たちは、「世界一旅しやすい国に生まれて、旅ができる時代に生きている」ことを、しみなおさんは気づかせてくれました。

世界を旅すると人生に悩む。旅を終えても人生は続く。

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しみなおさんの人生紹介

世界一周ゼミの参加者は、目的は様々ながら、世界を旅する目標や夢を抱いています。世界一周経験者が創業したTABIPPO代表のしみなおさんも、もちろん世界一周を経験しています。90日間で16か国を回った世界一周の旅で、人生が変わったそうです。「だから、かなりコスパのいい世界一周」と振り返りながらも、旅にはそれだけの力があるのだと話していました。そして、自分と同じような旅人が、旅をしたことで人生に悩んでいく姿も見たのだそうです。
世界を見ると色々な生き方を知ります。今までの人生観や価値観が揺らぎます。選択肢の多さに気が付きます。そこで悩むのは当然の流れ。だから、できるだけ悩むことがないように心づもりを知ろう、旅後の人生を考えてみよう、と話は続きました。

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多様性・HOWを知る・価値基準と向き合う

世界へ行くと分かることであり、大切にしてほしいことがこの3つだと、しみなおさんの話から私は理解しました。
多様性=日本には他民族がいない、パスポート所有率の低さから分かるように海外へ行かないため、世界へ行くといかに自分が狭い世界にいるかを知る。例えば、無宗教なのは日本を含め世界に6か国しかない。常識なんてないことに気付く。
HOWを知る=人生は何をしたいかではなく、どんな風に生きたいかを考える。世界へ行って知る、あらゆる生き方、あらゆる方法を、「どんな風に」の視点に活かす。
価値基準と向き合う=自分にとっての幸せは何かを決めること。人間はみんな幸せになりたいと思ってるけれど、世界で幸福度の統計を取ると日本は下位であることがほとんど。基準が違う3つの幸福度統計調査では、フィジーブータン・北欧の国々が1位。

お金について考えよう

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3つ目の「価値基準と向き合う」ときに、お金は切っても切り離せない存在です。幸福度統計調査で上位に挙がったフィジーブータンは、経済的には裕福ではありません。それでも、自分たちは幸せだと感じている人の割合が多い国です。そこで、お金と幸せの関係を考えるために、「お金とは何か」をグループディスカッションする時間が設けられました。「人の為になることをしたらもらえるもの」や「ものの価値をはかる基準」など、様々な意見が発表されます。
でも、明確な答えはありません。ただ「しっかりお金と向き合っておくことは、自分の幸せを考える際に不可欠」という視点は、忘れずにいようと思わされました。

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変化が速いVUCAの時代に生きる私たち。価値観の異なる世代が次々と生まれる。

人とは違うことをすることは怖い

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旅をすることの意義を伝えてきた世界一周ゼミですが、しみなおさんが最後に話したテーマは「人と違うことをするのは怖い」でした。多くの参加者が胸に抱く世界一周は、日本を長期間離れることで、人によっては会社を辞めることです。これらは、人があまりしないことです。同調傾向の強い日本ではことのほかです。
しみなおさんは続けました。「でも、人と違うことをするのは、社会を相対的に見た時に価値がある。情報があふれる時代だからこそ、リアルな体験の価値は相対的に見て高い。『価値=希少性×便宜性』だと思ってるんです」。
海外へ行きたいと思いながらも、仕事や年齢などを理由に動けなかった私には刺さる言葉でした。不安で足元がぐらつく体をぐっと支えてくれる視座をもらえた気がしました。この言葉に背中を押され、最終回となる4日目を前に私は1つのことを決めました。それが、香港へ一人旅に行くことでした。
nkotori.hatenadiary.com
 

世界一周ゼミ最終回(4日目)は、発表会(≒プレゼン大会)!!

7月6日の最終回は、前々から予告されていた通り、参加者全員による発表会でした。具体的なプランがある人は「自分らしい世界一周」、そうでない人は「自分にとっての旅」や「自分にとっての幸せ」など、世界一周ゼミに参加したからこそのテーマで、各々趣向をこらした形式での発表となりました。
以前は参加者全員の前に一人ずつが登壇して発表していたそうですが、今回はグループに分かれての発表に変更したとのこと。いつものように、3~5名ほどに分かれた中で各々が発表し合い、メンバーを入れ替えて3回繰り返しました。これで、自分以外の8名~12名の発表を聞くことができます。


発表スタート!

私が一緒になったグループで、印象になった方の発表を写真に撮らせてもらったので、ご紹介します。

最初に同じグループになった方は、紙芝居形式でした。かわいらしい手書きのイラストに、一瞬で目が釘付けに。



別の方も気持ちのこもった手作り発表。行ってみたい世界の絶景を切り抜いて、見せてくれました。

20歳の頃から世界に憧れていたけれど、なかなか行けずに年を重ね・・・。でも、ニュージーランドに行ってみたことで、「自分も行ける」と自信がついて、世界一周を心に決めたと話してくれました。ただ憧れて行動しないのではなく、何か動いたことで変わったという経験談、とても力づけられました。


2回目のグループで一緒になった方は、全体的にやわらかいタッチながら、芯のある発表内容でした。

「なぜ自分は世界一周をしたいのか」、「自分らしさとは何か」、「自分はどう生きたいか、そのためにやっていること」等々。この日までのゼミでディスカッションした事柄を、自分の中で掘り下げて考えた結果などについて話してくれました。真摯に自分と向き合い、考えを整理したことが伝わってきて、「素敵な人柄がにじみでているなぁ」と感じたのは私だけではないはずです。

みんなの支持を集めた人を発表

最後に、自分が聞いた発表の中で良かった人2名を、司会のミッチーさんに、こそっと伝える時間が設けられました。


票が分かれて、4名の方が選ばれました。最初のグループで一緒だった紙芝居の方のほか、個性的な発表があったようです。と言いますか、別のグループにいながら、いつも美声が聞こえていたので、みんなが予想していたのでは。

歌(≒ミュージカル形式)で発表をした女性は、最速で名前が呼ばれました。私も目の前で聞いてみたかったですが、部分的には聞こえていました。他の2名は、「旅×居場所」をテーマに話した男性、「書道とからめた旅」について話した女性でした。

選ばれし4名には、発表会終了後の交流会でお寿司のご褒美があるとのアナウンス。ピザとポテトで空腹をやりすごしていた参加者から、羨望のまなざしが向けられたのは言うまでもありません。



世界一周ゼミは、やっとお互いのことが分かってきた4回目で終わりました。「名残惜しいな」と思ったのは、きっと参加者全員だったのでは。
「でもね、これから始まるから、いつも。」とのミッチーさんの言葉通り、最終回後も交流は続いています。誰かが言っていたように、最終回がスタートなのかもしれません。
私自身は、ひとまず香港へ一人で旅することを軸に発表しました。旅の準備に追われ、発表はお粗末な出来でしたし、他の人と比べるとスケールの小さな内容だったと思います。それでも、自分にとっては大きな一歩です。これからも悩んで心配してしまう自分がいると思いますが、上手にコントロールしながら、海外への思いを形にできるよう、1つ1つ前へ進もうと思います。


香港一人旅の記事はこちら
nkotori.hatenadiary.com

ほぼ初めての海外は女香港一人旅(帰国後編)

7月12日に3泊4日の香港一人旅から帰国し、2週間がたちました。ここでは、小学生時分のハワイ家族旅行以来、海外に女一人で行った私の反省点や今後改善したいことなどをまとめていきます。

海外一人旅デビューしたい方(特に女性)、香港へ旅に行こうと計画されている方、旅をもっと楽しみたいと思っている方などの参考にして頂けたら嬉しいです。

 

海外へ一人旅!なら、もっとやっておけばよかったこと

  • 「ありがとう」「ごめんなさい」最低限の現地語をおぼえていけばよかった&英語力を上げていけばよかった

色々な旅人がおっしゃっていることですが、現地の方が使う言葉が話せるとコミュニケーションがスムーズで気持ちいいです。一言だけでも使えると、それだけで距離が縮まるし、相手は好感を持ってくれると思います。私は大学の第二外国語で中国語を専攻していたのですが、覚えていたのは「私は学生です。/ですか?」の一言だけでした。それでも、現地の友人に披露?すると彼女はとても喜んでくれました。英語が公用語の香港でも、ローカルな食堂や商店などでは英語は通じませんでした。接客してくれる相手も困っている様子でしたし、「ありがとう」「すみません」の一言だけでも言えれば、もっと良い関係が築けて楽しい時間を過ごせただろうな、と思います。

一方で、空港や駅、チェーン展開されている飲食店などでは英語が話せるスタッフがいました。やはり現状では英語が話せる・話せないで、海外へ行くときの安心感がまるで違います。私を含めた日本人は、読み書きはある程度できるとされていますが、話す・聞くことに苦手意識の強い方が多いと思います。でも、旅先で使うのは、話すことと・聞くことなんですよね。

私は極力便利なものに頼らず、自分の力を知ろうと(無謀にも)何の準備もなく旅立ったので、空港のスタッフの滑らかな英語は聞き取るのがやっと、言いたいこともなかなか言えず、苦い思いをしました。いざという時のためにも、外国人労働者の方が当たり前となった昨今、相互理解を進めるためにも、日ごろから英語に慣れ親しんでおくことが必須になっているような気がします。

  英語と中国語の看板が入り混じるSOHOエリア。下町や路地裏に行くと、景色が一変するのが香港。

 

そこまでしたくない方や心配な方は、翻訳アプリや専用の機器を用意して、使いこなせるようにしておくのも1つの方法です。私の場合、お世話になった格安ホテルで、親切なスタッフに勧められて2日目からグーグル翻訳アプリをダウンロードしてみたのですが、「書かれた文字にカメラを向けると翻訳する」という機能を使っても翻訳してくれないので、結局使わないという経験をしました。

後から分かったのは、中国語の漢字には、香港など使われている「繁体」と、本土などで使う「簡体」という2つの種類があるということでした。アプリの設定は中国語の簡体になっていたため、うまく機能しなかったようです。旅に出てしまうと、刺激的な時間に気をとられて冷静になれなかったり、欲張って動き回って疲れ果てることが結構あると思います。自戒をこめてですが、便利な機器を使う時は使いこなせるまで準備をしていくことがポイントですね。

     香港で使われている「繁体」は、「簡体」の設定では翻訳してくれませんでした。

 

  • 旅先の歴史や産業構造などをもっと調べていけばよかった

旅の濃度が変わると思います。同じものを見ても、どういった歴史を経て今があるのかと思いをはせることができると、有意義な時間になりますし、思い入れも全く異なるものになると感じます。私が訪れた香港は、東京都の半分ほどの面積に約750万人の方が住んでいるそうですが、中国の一国二制度の下にあるとはいえ、この小さな面積に東京と変わらないような国際都市ができているのがとても不思議で、もっと勉強しておけばよかったと思いました。

現地の友人との会話でも、「香港では家族一緒にご飯を食べることはない」という言葉に、人口の何割がどんな形態でどんな仕事についているのか疑問に思いました。個人差はあると思いますが、街の建築物やお土産を見る時に、その値段・その場所で売られている理由をあれこれ考えられたら、もっと楽しいだろうなと私は感じました。

             旺角エリアの一角には金魚屋が立ち並んでいました。

 

 個人的な心残り 

香港公園内の茶具文物館横にあったティーサロンに入るか迷いましたが、他にも見たいものがあったため断念。その後もやはり中国茶を飲みたい思いが消えず、行く先々で機会をうかがいましたが、思うような場所に巡り合わず成就しないまま帰国。行ってみてから芽生えた欲求だったのですが、今後ぜひ叶えたいと思っています。

  • 九龍半島旺角エリアのバード・ガーデン訪問

同上ですが、行ってみてから欲求がどんどん強まりました。蓮華宮、香港公園で見慣れない小鳥に出会ったことも重なり、愛鳥家が集まる園に足を踏み入れようと気持ちは固まったのですが、スコールにあったことなどから断念。

  • 劇場で観劇をしたかった

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    北角エリアにあった劇場。日本では感じられない圧倒的な雰囲気がありました。
  • フレッシュなフルーツを使った飲み物やスイーツをもっと食べたかった

通りを歩いていると、よくフルーツジュースのテイクアウト専門店を目にしましたし、八百屋でも多種多様なフルーツが売られていました。「日本よりも身近にフルーツをとる文化があるんだなぁ」と感心したのですが、小食な体質も手伝って現地では食べたいとは思いませんでした。帰国便を前に、「なんだかおいしそうだった」と気が付きましたが、後の祭りです。

  • ミニバスに乗ってみたかった

香港では、都会的な2階建てのバスと、日本でデマンドバスに使われるマイクロバス(これがミニバス!)の2種類が走っていました。ミニバスはその機敏性で、2階建てバスが通らない道をカバーする、地元っ子の足として機能しているのですが、乗降時は広東語で叫ばないとならず、一見さんにはハードルが高いです。だからこそ、余計に魅力的でした。次訪れる時は、広東語を勉強して乗りたい!と思っています。

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初めて乗った2階建てバス。クーラーが効き快適そのもの。内装も外装もぴかぴかです。

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一番右側の車線に止まっているのがミニバス。かわいらしいフォルムにも惹かれます。


一人で海外へ行って分かったこといろいろ

  • 自分自身のことを改めて知る&意外な自分を知る

 お茶を味わう時間、自然にふれること、寺社仏閣や教会などの歴史的建築物が好き、という自分を改めて知らされました。刺激だらけな上に分からないものに囲まれるので、旅では普段より五感がさえわたると感じるのは、私だけではないのでは。旅に行くと、直感や欲求に敏感になると感じませんか?私が旅を好きなのは、これが大きいと思います。

人やガイドブックにお勧めされるものを受け入れる素直さはもちつつも、「体が欲している!」と思ったものがあればそれに従うのが、自分らしい旅になる気がします。茶具資料館も公園も、香港に着いてからひらめいた場所でしたが、今思い返しても顔がほころびます。

反対に、食の優先順位が自分の中で低いことも再確認しました。中華料理は楽しみの1つと考えていたのですが、現地に行くと、上記にあげた好きなことに興味がいって、食事は後回しにしていました。自分でも呆れますが、現地の友人がセッティングしてくれた専門店の飲茶ではなく、出店でテイクアウトして食べた豚肉とナッツ入りのお粥が、最もおいしく感じた食事です。

一人旅なら自分が心惹かれたものに素直に動いて、有益な時間を過ごせると、忘れられない思い出になるなぁと実感しています。

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香港公園の池には、子供一人は乗れそうな蓮がぷかぷかと浮いていました。

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茶具文物館では、お茶や陶器の歴史を心行くまで堪能しました。


                 大坑で訪れた蓮華宮の入口

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中環エリアにあるセント・ジョンズ教会。日本軍占領時代、日本に抵抗した戦死者が祀られています。


また、旅に行くといつも乗り物に興味をひかれるのは、人の営みに触れられる手段と感じているためだということが分かりました。ローカルであるほど、町に暮らす人の様子が分かりますし、同じ目線に立てるのが魅力です。香港のトラム(2階建て路面電車)は純粋に乗り物としても楽しいです。

        香港最後に乗ったトラム。2階最前列から見る景色がたまりません。

 

意外な自分についてですが、これまでの私の旅は、事前にスケジュールをがちがちに固めていくものばかりでした。心配性ですし、とにかく効率よく動きたいという貧乏性な気質のためです。今回は、それを初めてやらない旅だったと記憶しています。ほぼ初めての海外でそれを・・・と呆れる自分もいるのですが、そうでもしないと動けない超心配性かつ優柔不断なのが私です。

実際に行って、その時々で決めて動くというのはひやひやするものもありましたが、自分に正直に動ける分、心が楽だなと感じました。本当に何の下調べをせず気の向くままに動くのは、海外初心者には危ないためできませんでしたが、いつかはやってみたい旅のスタイルです。

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観光の定番地には人だかりが待っています。人混みが不得手なことも再確認した1つです。


今回はいくつか目当てをゆるく考えておいて、その日の朝に決めるという形で行動しました。そうすることで、自分では分からないことが出てきたら積極的に人に尋ねたり、細かいことを気にしなくなるようになりました(そうせざる得ない状況に自分を追い込んでいるから当然ですが)。旅に出ると色々なことを受け入れられるようになり、おおらかになります。私は心配性で神経質なのが常なので、普段の自分との差を特に感じます。

今回の旅で、予定をかっちり固めないと目の前のことに意識が向いて、その時その時を楽しめ、とにかく心がいつも元気という発見がありました。反対に、いつもの癖であれもこれもと先のことまで予定を決めて動くと、こなすことに意識がいって疲れてしまうことも再確認しました。

なんとなく自分の旅のスタイルがしっくりこない方は、普段しないことをしたり、していることをやめてみると、意外な発見があるかもしれませんね。

  • 同じものでも、市場で買った方がお得

日本でも言えることですが、観光客用の店舗と地元の方が通う店舗では、設定されている価格が違います。私はエッグタルトを比較購入してみましたが、価格は3倍の差がありました。チェーン展開しているお菓子屋では9香港ドル、市場のパン屋では3香港ドルです。味覚音痴ではないですが、味やボリュームは正直変わらないように感じました。もともと安価な商品なので、3倍といっても小さいものですが、なるべく価格は抑えたい方や、お得なものが好きな方は、地元の方が行く場所を選んで買い物するのがおすすめです。

 

  • 実用編:モバイルバッテリーが大活躍

スマホの使用は殆どグーグルマップだけでしたが、使用歴3年超えというスペック?も手伝って、電池はみるみる減っていきました。普段ライトユーザーなので必要性を感じていなかったのですが、旅先輩・ LトラベラーのRIEさんに勧められた通りに持参して本当に良かったと思いました。類似品を秋葉原やネットで比較してみましたが、容量とサイズ感、そして決め手は日本製であることから、私は「cheero Power Plus 3 13400mAhを購入しました。

 

          茶具文物館で開催されていた企画展の作品。 

 

番外編:香港国際空港を使う方にこれだけは伝えたい!(香港編4日目)

3泊4日の最終日は、9時15分発の便で帰国するのがミッションでした。そこで私は、香港1日目のドタバタ劇以上の状況を再びこの空港で起こしてしまいました。自戒と、これから香港国際空港を使う方の役に立つことがあるのなら、としたためておきます。(個人的経験に基づく見解です。)

  • 香港国際空港は広すぎ!出国審査を終えても、のんびりするのは禁物です!

私の乗った飛行機は、行きと同じ香港航空でした。行きもそうでしたが、チェックインカウンターと搭乗ゲートがとにかく離れていて遠いです!(もちろん該当しない場合もあると思います。) 私の場合は、空港の中を走る「シャトルトレイン」なる電車に乗って2駅先で降り、500メートルほどを疾走しました。(行きで、ほぼ同じルートを経験していたのですが、電車の乗降口から搭乗ゲートが更に遠かった!!です。行ってみたらほぼ一番奥に位置するゲートで、本気で乗り遅れると思いました。)

           ぎりぎりで飛び乗った香港航空の帰国便

 

成田の場合、ターミナルごとに航空会社が分かれおり、チェックイン後に出国審査をし、免税エリアで買い物をしても時間はありましたが、香港は同じことをすると危ないと感じました。搭乗ゲート番号とその場所を事前に確認できれば策はあると思うのですが、海外初心者の私は、出国審査後に初めて、自分の行くべき搭乗ゲートを知りました。そして、進む先に掲げられた案内板に、自分の行くべき「204」ゲートの番号の記載がない時は心底焦りました。「またあのシャトルトレインに乗るなら相当距離がある」との思いが脳裏をよぎり、急いで空港スタッフに尋ねました。「エレベーターを降りて×××」。インド系の彼女の英語は早すぎて最後まで聞き取れませんが、とにかくエレベーターを降りると、「204」ゲートをさす案内が見えてきました。

結局、「204」ゲートまでは、出国審査場から速足で20分はかかりました。エレベーターを3回ほど降りて、電車に2駅乗って、500メートル疾走して、やっとたどり着いた搭乗ゲート。締め切りの1分前でした。ガイドブックには「空港到着は2時間前目安」と書いてありますが、空港慣れしていない人はそれでは厳しいと感じました。言葉や流れが分からず手間取ったり、混雑していればギリギリになるなというのが使ってみた感想です。

私の場合、空港で香港ドルから日本円に両替する予定があったので、出発の2時間15分くらい前に到着しました。先客の欧米系の男性が大量の札束を両替していたため、10分以上待たされたことも、ぎりぎりの搭乗になった原因の1つです。それ以外の手続きはスムーズでした。「なんで香港航空は、空港の地名を冠につけててLCCでもないのに、こんなに遠いゲートに設定されるんだ。。」と汗だくになりながら、機内で恨み言を唱えたのは私だけでしょうか。

ほぼ初めての海外は女香港一人旅(香港編)ー香港3日目ー

熱気とスコール

3日目もアラームより早くが覚めた。香港に来てから、寝ていても興奮が収まらないのが分かる。昨日と同じようにまず天気予報をチェックするが、地元に住むマンゴーも言っていた通り、香港の予報は大ざっぱで、天気自体も移り気だと感じていた。予報は渡航前と変わらず雷雨マークがついていたが、この2日間、にわか雨にふられることはあったが、雷の音を聞いたことはなかった。ランタオ島の大澳やマカオに行くなら今日しかないが、九龍半島に足を延ばさずにはいられないと感覚的に思った。

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香港島の対岸に見える九龍半島の街並み

 

朝食をとるため、宿で聞いた裏手の路地へ行ってみるが、まだ開店前の店が多く人もまばらだ。夜遅くまで開いてる店が多いと聞いていたが、そのために朝は遅いのか、あるいは道を間違えたか。海へと続く眼前の道を渡ると、チョンヨンガイがある。初日に思わぬ形で歩いた市場は、この町の台所を担っているようだ。朝から店に集まる人のやりとりを見ている内に、ここで手軽に食べられるものを買い、朝食を調達してみようと思いついた。

 足元に敷かれたトラムの線路の上を歩く買い物客。トラムの姿が見えないうちは車もバスも線路上を通る。

 

八百屋には、見たことのない野菜から日本でおなじみのものも置いてある。中国本土からの観光客と思われる2人組の青年が、頭上にぶら下げられたビニール袋をとり、商品をつめて店員に渡す様子を見ていた私は、「日本製 王林」と書かれたリンゴを袋に入れて女主人に差し出した。宿で同室の女の子がこの緑色のリンゴを部屋に持ち込んでいたのをまねてのことだった。価格は「40元」とあったが、香港ドルでいくらなのか分からない。手持ちの硬貨を見せるが女主人が渋い顔をするので、一番小さな紙幣の10$札を手渡すと「OK」という顔をした。これが適当なのか、ごまかされているのかわからないが、この金額なら構わないと思った。

次はパン屋で「3$」と書かれたエッグタルトを手にし、次こそはと入念に金額を確かめ、硬貨を差し出した。香港の硬貨は7種類。紙幣と同じ10香港ドルからそれ以下の単位であるセント(¢)が50、20、10と3種類ある。ドル硬貨で言えば金額に応じて大きさが変わるわけでなく、セントという日本にはない感覚になかなか慣れない。その上、「もたつく観光客を待ってくれない気質のため硬貨ばかりが溜まる」という事前情報は、来てみてると納得するものがあり、利便性の高いオクトパスばかり使っていたので使う機会をうかがっていた。ようやく硬貨が少し減った。

 

朝食を手にし、財布も気持ちも軽くなった。次は終着駅の「ノースポイントターミナル」から乗車し、香港最後になるだろうトラムを味わうことにしよう。複数のイスが並べられた屋根付きの待合所と思われる場所は、煙をくゆらせる喫煙者たちのたまり場と化していた。朝食ぐらい座って取りたかったが、仕方なくトラムを待つ間、立ってリンゴをほうばった。そういえば、昨日も一昨日も通勤時間と重なった朝、何かを口に押し込みながら足早に歩く人を各地で見た。マンゴーの話を思い出す。「日本のドラマのように、朝家族で一緒に食べることはありません。家で作ったりもあまりしないですねー」。言葉の通り、香港では皆が忙しく働いているようだった。昨朝粥を食べた大衆食堂や市場の八百屋では威勢のいい女性たちが、島の中心部に行けばスーツ姿の会社員が、路地裏の工事現場では作業員が、皆よく働いていた。東京の約半分という小さな面積ながら、国際金融都市として急速に発展してきた香港。なかなか噛めないリンゴに食らいつきながら、街のエネルギーに負けまいと、自分の体の底から力がわいてくるような感覚を覚えていた。

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路地裏の工事現場。道を抜けた先には整然としたオフィスビルが立ち並ぶ。

          ノースポイントターミナル駅で出発を待つトラム車内

 

経済の中心地・中環周辺はオフィスビルが立ち並び、スーツ姿のビジネスマンと周囲をきょろきょろと見回す観光客が混在していた。ここには対岸の九龍半島ほか、周辺の島々へ渡る船の集まる埠頭がある。スターフェリーはいかにも観光といった短パン姿の男性や、花柄のワンピースを来た女性、家族連れなどがまばらに乗っていた。

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スターフェリーから下船。地下鉄も通る現在は観光客の利用が殆どのようだ。

景色を楽しむ間もなく対岸の尖沙咀に着くと、瞬く間にディズニーのキャラクターが目に入ってきた。家族連れが吸い寄せられるようにその施設に入っていく。人並みにまかせて歩いていくと、左手に趣向をこらした建築物が表れた。1881というロゴが入った噴水の前で次々と記念撮影をする人が見て取れる。ガイドブックに「1881年創建の水上警察本部の建物」とあったことを思い出し、中を散策しようかと思ったが、厚い扉に覆われたブランドショップがずらりと並ぶ様をみて断念する。それより、『深夜特急」で沢木耕太郎が拠点としたエリアへ行ってみたかった。

              フェリーを乗り場の目の前にあった施設

 

彌敦道(ネイザンロード)を歩く。彼が書いた当時のまま、通りにはペニンシュラホテルが威厳ある姿を保っていた。安宿のメッカ、チョンキンマンションも見えてきた。マンションという名前からかけ離れた、秋葉原の家電量販店のような外観をしている。今日はここであまたある両替商を見比べ、スムーズに両替することを自分の中での挑戦と決めていた。その前に腹ごしらえだ。

1本わきの路地に目当てのマクドナルドを見つけ、地下の入口に向かう。グローバル企業だからこそ、国ごとに特色があるだろうと思っていたのだが、まず注文方法からして違う。大型のタッチパネルを見ながら、客が商品を選び会計まで済ませる仕組みになっている。列に並び、他の客の様子を注視しながらやってみると、意外と簡単だ。旧字体の漢字は読めないが、写真となんとなくのニュアンスでわかる。が、会計で頓挫した。

これまで様々な支払方法を試そうとしてきた中、唯一クレジットカード払いができていなかったので、いよいよとカードをリーダーに通すのだが、何度やってもエラーになってしまう。後ろにいらだつ人の気配を感じたので、仕方なく対面レジらしき列に並び、エラー表示されたレシートを見せると、彼女はすぐに理解したようだ。カードを受け取ると、リーダーに通し「暗証番号入力を」と入力盤を指さしながら話している。先程とは違う、清算済と書かれているらしいレシートを受け取り「センキュー」と礼を言う。商品は次々と専用の窓口から渡されるが、飲み物がついていない。ここではマックカフェが併設し、ドリンクはそちらで受け取る仕組みになっているようだ。

 

席を確保し、お茶と思われるドリンクを飲もうとしたがストローが付いていない。マックカフェに戻り、事情を説明すると忙しさの余りか苛立ちが収まらない様子だ。マックが時間に急かされ落ち着かないのはどこも不変なのか。戻り際、今一度タッチパネルで操作する客を見ていると、入力盤の一番下の隙間から、カードを奥へ押し込む様子が見て取れた。先程の私は、入力盤のわきの隙間を縦にスライドさせていた。差し込む場所が違ったのだ。

日本で食べるのと全く同じ味のフィッシュバーガーとポテトをつまむ。違うのはやたらに甘いお茶だけだ。「キャヌアイシット、オーケー?」。顔を上げると地元の人だろうか、タンクトップにショートパンツのアジア系の女性が立っている。「オフコース」。香港では相席が一般的との事前情報を得ていたのでさして驚かなかったが、この女性が去った後、無言で初老の男性が座ってきたのはややカルチャーショックだった。このマックには彼のように、一人で訪れている年配の客もちらほらいるようだ。位置づけが日本とは少し違うのか、他の理由があるのだろうか。

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ネイザンロード沿いに建つチョンキンマンション

チョンキンマンションへ向かう。手前にあった両替商で参考までにレートを確認。スマホを取り出し、今一度両替の手順を頭に叩き込む。通りに面した入口付近はインド系の客引きでごった返している。わき目もふらずに中へ進む。確かに、1階は両替商だらけだ。一軒一軒「JPY」のレートを確認する。奥へ進むにつれて、インド系や東南アジア系だろうか、香辛料のにおいがただよう飲食店も数軒並ぶが、そのどこにも観光客らしきものはいない。ガイドブックに書かれた両替店も見つけるが、あまりレートは良くない。1番レートが良い店へ戻り、5000円を取り出す。パソコンではじき出された金額に目を通すと、機械から自動で紙幣と硬貨が出てくる仕組みのようだ。レシートと硬貨を受け取り、慣れない硬貨を1枚1枚確認する。「オーケー。センキュー」。人目につかないようセキュリティポーチにしまいこむと、張り詰めていた糸が一気にゆるむのを感じた。香港へ来る前に課したいくつかの目標の中で、最もハードルが高く感じていたことを終えられた。安堵感から、足取りは一気に軽くなった。

 

私は、ネイザンロード周辺をあてもなく歩いた。チョンキンマンションの大半を占めているはずの安宿にあがるエレベーターを見つけようと脇道にはいると、洗濯物をポリバケツに入れた宿のスタッフらしい細腕の男性や、イスに座って休憩しているエプロンをつけた人の姿があった。カメラをぶら下げた観光客が通るには明らかに場違いの雰囲気だったが、ただ、香港の裏も表も見たかった。

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脇道へ迷い込むと、表通りとは全く異なる顔をみせる。

裏路地には大衆食堂が数軒並んでいたが、すぐにウッドデッキが備えられた今風のショッピングセンターが表れた。再びチョンキンマンションに戻って地下に降りると、整然と商品が陳列されたアディダスショップがフロアの殆どを占めていた。

30年以上も前に出版された『深夜特急』に描かれた香港の町並が消えつつあることは考えてみれは当然なのだ。だが唯一、再びチョンキンマンションに入ろうとした際に、「お姉さん、安いよー」とインド系の客引きに声をかけられた時は、『深夜特急』の世界そのままだったことが嬉しくて、思わず笑った。目にした一つ一つの現実を受けとめながら、これが今の香港なのだと私は自分に言い聞かせた。

 

              公団住宅が立ち並ぶシャムスイポー

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ひと昔前の香港の生活を記録展示している美荷樓生活館

       旺角で目にしたモニュメント。付近には金魚屋がずらりとひしめいていた。

 

窓にたたきつける雨は未だやみそうにない。眼下の店先で雨宿りする人たちを見ながら、私は九龍半島に渡ってからの半日を思い出していた。旺角のショッピングセンター「MOKO」で話しかけられた、中国本土から移住したという英語が堪能な中年の女性。イギリス製の紅茶を勧める販売員と言葉の橋渡しをしてくれた。

急ぎ足で駆け抜けたシャムスイポー。「昔ながらの香港が残っている」というマンゴーの言葉通り、漢方か何かの怪しげな薬屋や散髪屋など、ここで暮らす人のための店がずらりと並び、それまで歩いたどの町とも違うひと昔前の空気を感じた。目当ての「美荷樓生活館」に滑り込みで入場し、今も付近に立ち並ぶ公団住宅の歴史を垣間見た。

 今はユースホステルとしても利用される、美荷樓生活館内のカフェにて。この紅茶の味が忘れられない。

 

女人街の露店では、硬貨を使いたい思いから提示した金額が思いがけず値引き交渉に発展し、50セント安く土産を買うことができた。どこまでも続く露店を歩いている時、スコールがやってきて、このバスに飛び乗った。

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女人街の露店

バスはフェリー発着所のある埠頭に向かっている。毎夜20時には、九龍半島側から、対岸の高層ビルで催される「シンフォニーオブライツ」を鑑賞するのが観光の定番と聞いている。

夜景もエッグタルトも、感情を揺さぶるものではなかった。自分がそういう人間ということは知っていたから、観光の目玉であるこのショーを見ることも意味がないように思えたが、定番を知らずに人に語ることはできないのではないのか、などという理屈が浮かんでは消える。埠頭には平日にも関わらず人垣ができていた。

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埠頭から見た対岸の高層ビル群

ショーまであと10数分という所で、香港島に渡るフェリー乗り場へ向かった。スコールはショーのための演出だったかと思うような、絶妙のタイミングでやんでいた。待ちわびる人の熱気と自分との差も感じていたが、一人旅をこれまで経験した中で、観光用のイベントやアトラクションを体験したところで、「誰かと分かち合いたい」という気持ちが年々募っていることを認めざるを得なかった。一人旅と観光は相いれない面があるというのが個人的な見解となっていた。

フェリーはネオンが反射する水面をゆっくりと進む。時刻は20時を過ぎた。対岸の高層ビルからぼんやりとした光が空に伸び、左右に動いているのが見える。スコールがあがり、薄い霧に覆われた湾内を照らす光のショーは、ビクトリアピークで見た夜景と同じように、苦笑いを浮かべたくなるような出来だった。どこか安堵する自分を感じながら、窓越しに見える香港最後の夜をカメラにおさめた。

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光のショーを待つ埠頭の人だかり

ほぼ初めての海外は女香港一人旅(香港編)ー香港2日目ー

彷徨いと再会

街が起ききらない9時過ぎ、私は香港最大の公園、ビクトリア・パークに来ていた。昨夜のビクトリアピークや往復のバスで人疲れしたのか、朝一番に思ったことが、「緑にふれたい」だったのだ。考えてもないことだったが、セットしたアラームより早く目を覚ましたことだし、朝の公園が気持ちいいのは万国共通だろうと思った。同室になった相手と気が合えば一緒に行動することも面白い、と淡い期待を持っていたが、彼女とは寝起きの時間が異なり、中国本土から来たことは分かったが、英語は通じず、グーグルを使っても何語で話しかければいいのかもわからない有り様だった。

 

                 ビクトリア・パークで咲いていた花

 

香港固有の植物なのか、それともイギリスゆかりのものなのか、見慣れない花や植物が至る所に整然と植えられている。屋根がついた吹きさらしの休憩所には、地元の年配者が集まって世間話をしたり、近くに設置された健康器具のような遊具で汗を流している。止まりどまりだが、宿かからここまで1時間ほどはかかっただろうか。じっとりとした湿気が体にまといつき、汗が噴き出している。何脚もイスが置かれた休憩所にそっと入らせてもらい、汗がひくのを待った。広東語か北京語かわからない中国語だけが聞こえてくる。見よう見まねで、遊具を使って彼らと同じ運動をしてみる。誰もこの場来訪者を気に留めている様子はなかったが、彼らの日常に邪魔していることがどことなく窮屈な気がして、その場を離れた。

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人気がまばらな朝のビクトリア・パーク

少し行くと、硬式テニスのコートが表れた。高校生か大学生だろうか、前や横にフットワーク良く動く青年らは、コーチ付きで朝の練習をしているようだ。コートを抜けると、右に抜ける街路樹が向こうまで連なっているのが見える。横にはバスケットコートもある。そういえば、昨日トラムから、森の中にバスケットをする人の姿がぼんやりと見えた。ここは老若男女、香港に住む皆にとってのオアシスなのだ。左に進めば出口があるが、どこかのベンチに座ってもう少しこの空間を味わいたいと思った。

後ろを振り向くと、テニス観戦用と思しき場所に数個のベンチが並んでいる。激を飛ばされながらボールを追いかける女子生徒と、遊びに興じる青年の2組を眺めながら、私は一体何者に見えているだろうと思う。隣に座った母親らしい女性は、盛んに女子生徒に声をとばし応援に余念がない。ふと空腹感を覚え、朝食に頼んだピータン入り粥が思い出された。漢字から推測したメニューには、数少ない苦手食材ピータンが入っており、腹6分目といったところで店を後にしたのだ。公園を抜けた先にある大坑は、路地裏散歩が楽しい注目のエリアらしい。そこに行って何かをつまむことにした。

宿で教えてもらった「海皇粥店」でオーダーした皮蛋(ピータン)入り粥。蟹か魚介系の具材を期待したが・・

 

制服姿の学生が歩く大坑を気の向くままに歩く。薄暗い路地に入ると、集会所のような造りの教会があるかと思えば、突如現れる高層の建物。その奥にはいかにも香港といった小さな建築物が見える。

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屋上にとりつけられた十字架から、教会であることがわかる


蓮華宮は、私を含めた日本人女性が好みそうな愛らしい外観をしている。気持ちを整え、中へ入る。充満する煙の中に見える独特の装飾、長い線香に次々と火をつけ祈りをささげる来訪者、きらびやかな回転物、何もかもが日本の寺とは異なる。ただそこにあるのが強い祈りであるということだけは分かる。唾を飲み込む音が自分の喉元から聞こえる。

 

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祈りをささげる来訪者

         蓮華宮の天井には、この地の祭りにちなんで龍が描かれている

 

外へ出ると小雨が地面を濡らしていた。蓮華宮の裏手には傾斜状の小さな公園が隣接している。人気のない公園へ上がり、古廟を見ると、鳥の形をしたモチーフが屋根についている。寺へ入る前、建物に止まるトサカの特徴的な鳥に目を奪われたが、あれはこの鳥だったのだろうか。勝手に「こちらを歓迎してくれている」なんて思ったが、あながち間違ってはいなかったようだと体が軽くなる。

 

空腹を満たそうとまた歩き出すが、大坑の町はまだ寝起きのようだった。開いている店に目をやるも惹かれない。目に入るのは、自動車関連の工場で作業する裸姿の男たちだった。うず高く積まれたタイヤや配線むき出しのタクシー、蒸気が充満するクリーニング店。ここには観光に訪れる外国人客や香港の暮らしそのものを支える人がいる。汗だくの男たちが働くすぐ隣には、高級車の並ぶ高層の建物がそびえ立っていた。歩けばすぐ町のはずれについてしまうほど小さな大坑には、バ―レストランや洋菓子店など、東京と変わらない海外のおしゃれな店が散見される。私もそれに惹かれて来たはずだったのに、そうした店に集まる身ぎれいな客を目にしては、みるみる興味をなくしていく自分を感じていた。

 

                   古廟に止まっていた鳥

           蓮華宮裏の公園から見えた、古廟の天井につけられたモチーフ

 

 

香港在住のマンゴー(仮名)が慣れた手つきで器を洗う姿をみながら、私はこの瞬間が現実だという実感を持てないでいた。マンゴーとは7年前、日本を一人で縦断している旅の最中に大分の民宿で知り合った。当時から日本に住みたいと願い、フェイスブックの様子では何度も日本を訪れていたが、暮らしは今も香港にあるようだった。香港に行くと決めてから、7年ぶりに連絡をしたマンゴーは、こちらが恐縮するくらい地元のおすすめスポットなどをレクチャーしてくれた上、仕事終わりに夕食を共にすることを快諾してくれた。

大坑の後訪れた香港公園の素晴らしさや、その中にある茶具文物館でお茶の歴史や道具の美しさに魅了されたこと。雨が降ったりやんだりする中、取りつかれたように公園からSOHOまで街を歩き続け、最先端カルチャーの空気を感じたこと。それが原宿のようだったこと。この飲茶店に来るまでも、時間のかかるトラムにあえて乗って来たほど気に入ったことなど、香港に着いてからのことをひとしきり話すと、客は私たちだけとなっていた。香港の飲食店は22時や23時まで開いているのが当たり前だが、この店は21時半に閉まるという。閉店までまだ15分程あったが、店員らは空になった皿や籠を引き上げ、人のいなくなった客席のイスを次々と上げて掃除をし始めた。

     SOHOエリアにある階段状のストリート。香港が島であることを感じさせる街並み。


せかされるように席をたった私たちがひとまず外に出ると、「甘いものは食べたくないですか」とマンゴー。ぜひ連れてきたかったと言う店は、映画『恋する惑星』の劇中で撮影に使われていた店を彷彿とさせた。22時近くだというのに、町のデザート専門店に大人も子供も集い、温かいスイーツに舌鼓を打っている。マンゴーおすすめの、湯葉とゆで卵の入った甘いしょうが汁に舌をつける。彼女はこれが大好きだと言うが、正直よくわからなかった。まずくはないが、なぜ甘い汁にゆで卵を、と思わずにいられない。

 

話はお互いの仕事の話や、結婚したマンゴーの暮らしに移っていた。働き方改革が叫ばれる今の日本と他国はどうなのか興味がある私と、ワークライフバランスを重視した働き方を求めて転職したと話す彼女。今は教育機関で働くという彼女に、ずっと聞いてみたかたデモの話を尋ねてみた。答えは思った以上にあっさりしたもので、デモに参加することは当然という考えのようだった。だだ、彼女は身ごもっているため、体のことを考えて不参加にしていると目を落とした。

               マンゴーが連れて行ってくれたスイーツ店

この日訪れた香港公園の近くには、数日前にデモ隊の一部が襲撃した立法府があることは意識していたが、付近を歩いても街では日本で報じられるような混乱や残骸は何一つ感じられなかった。おそらく当局が厳重に管理しているのだろう。デモも週末には実施されるというが、私が訪れた4日間は街の秩序は保たれ、報道が嘘のような平穏さだった。唯一目にしたのは、通りにある電圧調整用の配電盤か、無機質な鉄製の箱にスプレーで書かれた解読不能な漢字くらいであった。

 

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香港公園は、高層ビルの立ち並ぶオフィス街にある。

「産前産後休暇だけでなく、育児休暇制度がある日本がうらやましい」と話す彼女には、今も日本で暮らしたいという思いがあるようだった。うらやましいのはそれに限った話ではないのだろうが、7年前、たった1日の出会いがつないだ縁の彼女にそれ以上を尋ねるのは、関係を壊すのではないかと不安がよぎり、話は途切れ途切れになった。時刻は23時近くになっていた。未だ慣れない紙幣の算段に手間取っている間に、こちらの分までお勘定を済ませてしまったマンゴーは、宿まで私を見送ると「また何か困ることがあったら連絡してください」と丁寧な日本語で言った。その姿が見えなくなるまで、私は彼女を目で追った。今度彼女が日本へ来るときは必ず温かく迎えよう。何か役に立とう。異国で受けた優しさを今度は自分が返そうと誓った。そして人の縁の不思議と、7年の時間を簡単に超えてしまう旅の力を感じていた。

 

       マンゴーが手配してくれた飲茶店で。話に夢中で味はよくわからなかった。

 

ほぼ初めての海外は女香港一人旅(香港編)ー香港1日目・下ー

異国の優しさ

エアポートエクスプレス利用者用のシャトルバスは、空港と街中の主要ホテルをつないでいた。H4系統バス3番目の停車場となる「シティ・ガーデン」ホテルに着くと、乗客らの荷物を取りに駆け寄るベルボーイ達をよそに、地図を片手にわが宿を目指した。目の前の裏通りを西に進み、通りを2本右に折れれば、メインストリートである英皇道に出るはずだ。宿は、そこを左に折れて程なくしたところにある。

 

英皇道と思われる通りに出ると、目の前を2階建ての路面電車・トラムが通り過ぎていった。その前や後ろを、通行人が何食わぬ顔で通過していく。左に折れるとむきだしの店頭に、肉や野菜を並べた商店がずらりと並び、今夜の料理は何にしようと算段しているのか、真剣な目の女性たちが連なって歩道をふさいでいる。キャリーケースをひいて歩く者は誰一人いない。道には商店から流れてきたのか、至る所に水たまりができている。肉や魚は生のまま吊るされたり、ザルに入れられ陳列されているため、独特のにおいがあちこちから漂ってくる。

 

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ふと、ぽつぽつと頭にあたる水滴を感じた。雨かと空を見上げるがそうではない。先へ行くとまたポツポツと頭に落ちるものがある。どうやら、歩道に向かって張り出している店のビニールカバーをつたい、溜まった水滴が落ちてきているらしい。それにしても目印にしている緑色の高層の建物が出てこない。道を間違えたことは明らかだった。地図を見るまでもなく、ここは裏通りのようだった。

交差点に出たところで右へ折れると、すぐに英皇道らしきメイン通りが見えてきた。5車線はあるだろうか、車両の数も急に増え、両側に建つ建物がぐんと高くなった。「ホーミーインノースポイント(Homyinn|灝美連鎖式旅舍)」は、写真で見た通り、緑色の壁面にその名が大きく書かれ、入り口はステンレス製だろうか格子状の無機質な扉があるだけだ。日本と異なる一つ一つのことに香港を感じ、胸が躍る。

 

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北角エリアのメイン通り・英皇道には高層のアパートが立ち並ぶ。

 

エレベーターで上がった2階の受付で予約した旨を伝えると、カードを渡され何かの説明がされているようだ。日本以上に蒸し暑い香港特有の気候と、入国からここまで何の水分もとらず無我夢中でやってきたせいか、頭が回らず相手の言うことが飲み込めない。と、聞きなれた日本語が聞こえてきた。20代と思われる目の前の眼鏡をかけた女性スタッフは「少しだけ、話せます」と謙遜しながら、先程英語で話したことをゆっくりとした日本語で繰り返した。渡されたカードには、各フロア用と部屋用の暗証番号が書かれ、番号を打ち込むと中に入れるとのことだった。事務的なことを話しているだけなのに、そのカタコトの日本語を聞いていると不思議とほっとしている自分がいた。ここは私の宿だ。帰ってきたいと思える場所が香港にある。香港に着いてからずっと自分の至らなさ故とはいえ、異国の洗礼に心が折れそうになっていたが、彼女の口から話される聞きなれた言葉を聞いていると、張り詰めていた糸がゆるんでいくのを感じた。

 

手をかざすと液晶画面に入力用ボードが表れる部屋の入口。格安だがセキュリティは安心できるつくり。

 

部屋へ入り、荷物を置く。2人用ドミトリーだが相方はまだ来ていないようだ。一段高くなった使い勝手のよさそうな方のベッドにキャリーケースをしまいこむ。時刻は16時前になっていた。少し前まで、このまま今日は宿で過ごしてしまおうかと気弱な考えがもたげていたが、とにかく出かけることにした。

ガイドブックをパラパラとめくる。宿のある北角エリアや香港島の地図を見る。そういえば、明日会う香港人の友人がミルクティーをぜひ飲んでほしいと言っていた。体は甘いものを欲していた。灣仔エリアの紅茶屋が目に入った。そう遠くはなさそうだ。それと、今日は晴れてはいないが雨も降らなそうだから、香港名物とされる夜景も見に行ってみよう。

受付に降り、眼鏡の彼女に行きたい場所と交通手段を相談すると、紅茶屋は宿からほど近いトラムの駅から、数えて十数個めの「仙頭街」を降りてすぐだという。そして夜景スポットのビクトリアピークは、地下鉄から直通のバスに乗り継ぐといいとレクチャーしてくれた。事前に聞いていた情報では、ロープウェイで上がるものと思っていたが、少し前から改修工事に入り、今はバスでしか行けないという。聞いてみてよかった。聞かずに行っていたら、動いていないロープウェイを前に右往左往、時間を無駄にするばかりか大きな精神的ダメージを受ける自分が容易に想像できた。

3泊過ごしたわが部屋。香港サイズの部屋は、かなりコンパクト。

 

香港で初めて乗ったトラムに私はすぐ魅了された。きらびやかなショッピングビルがあると思えば、室外機と洗濯物が壁面をびっしりと覆う、見上げるような高さのアパートが連なる景色。そうかと思えば、アーケード状になった歩道には飲食店や銀行、商店が所狭しと配置され、老若男女が行きかうエリア。ここで暮らす香港の人々の営みが、吹きさらしの窓越しに次々と目に飛び込んでくる。通り抜けてゆく風は、体にまとわりつく海風をはらんだ湿気を一時忘れさせてくれた。

トラムから見た商店が連なるエリア

進行方向の違うトラムとのすれ違いはよくある光景

突然ショッピングビルが表れ、景色が一変することも

 

ガイドブックで見つけた「我杯茶」は、トラムの走る大通りからすぐの場所にあった。「香港ミルクティーの世界大会チャンピオンのティースタンド」とあったが、観光客らしき者はいない。店員とおしゃべりする客の間を割って店内に入り、メニューを指さしながら瓶入りのミルクティーを注文した。細長いジャム瓶のような変わった形に胸躍らせ飲もうとするが、蓋が開かない。おしゃべりに夢中の店員に開けてほしいと頼むと、右に一ひねり。いとも簡単に開けてみせた。礼を言ってスタンド型のイスに座り一口飲む。うまい。甘い。心も体も満たされるのを感じる。聞こえてくるのは意味もその言語が何語かも(香港は広東語と北京語、英語が公用語)わからない言葉。周囲の人、目に映るもの、何もかもが知らないことだらけの世界。体の中を何かが駆け抜けていくような気がした。

駆けつけの一杯はアイスミルクティー

 

水分と糖分を補給したところで、次は空腹感をみたそうと「我杯茶」からすぐの「奇華餅家」へ向かった。機内食を食べてからもう5時間近くたっている。店内にはパンや焼き菓子が整然と並べられ、日本でもおなじみのエッグタルトも売られている。座ってお茶をしたい旨を店員に話すと、2階にティーサロンがあるという。私のような観光客が多いのか、ティーサロンでは「ウェルカム」という英語での挨拶とともに、一番奥の目玉席と思われるテーブルに通された。藤のような天然素材で編まれた3人ほどが座れそうなソファに、ふかふかのクッションが並ぶ。「想像外の価格帯だったら、どうにか言って後にしよう」そんなことを思いながらメニューが出されるのを待った。

年長と思われる男性スタッフが笑みをたたえて近づいてくる。メニューには日本では見慣れない旧字体の漢字で記されたお茶の名前がずらりと並ぶ。価格は30香港ドル前後。1香港ドルが約15円なので450円前後である。疑いたくなるほど安い。おすすめや好みの味を伝え、散々迷って「碧螺春」というお茶に決める。食事は1階で買ったものを持ち込んでも構わないというので、せっかくだからとエッグタルトを購入する。

ティーポットで提供された「碧螺春」はよく言えばくせがなく、いくらでも飲める味だった。平日の夕方だからか、店内は数えるほどの地元客しか見当たらい。ガイドブックをひろげ、明日以降の予定を考えたり、店内を見渡したりと、誰にも気兼ねせず、日本のカフェにいるかのような時間を過ごした。会計には「服務費(10%)3.2$」が含まれていた。レストランで上積みされるサービス料は香港に来て初めてだったが、過ごした時間を考えると納得がいく。風習として残ると聞いていたチップはどうすべきか悩んだが、これで良しとしよう。

奇華餅家のティーサロンにて。ティーポットでの提供が、「どうぞごゆっくり」と言っているようで嬉しい。

 

来た道を戻り、地下鉄の灣仔駅を探す。帰宅ラッシュと重なったか、東京をほうふつとさせる人並みだ。初めての地下鉄に乗る前に、オクトパスにチャージしようと専用の機械に立ち寄る。しかし、最後の所でうまくいかない。50香港ドルからしか受け付けない仕組みのようなのだが、手元には10香港ドルか100香港ドルしかない。

「客務中心」と書かれた有人のカウンターに向かい、つたない英語で説明する。ベテランの大柄な女性スタッフは、少しでも日本語を使うと「ノージャパニーズ!ノー!オンリーイングリッシュ!」とこちらの声をかき消すような勢いでまくしたてた。しかしこちらもここで食い下がるわけにはいかない。荷物から紙幣を取り出し、「現金は持っているが機械が受け付ける紙幣がないのだ」と必死に伝える。隣にいる若い女性スタッフが心配したような、おびえたような表情でこちらのやり取りを見ている。

ベテランの彼女は若い彼女と話したかと思うと、仕方ないというようにこちらのオクトパスを受け取り、機械にかざすと100香港ドル札と引き換えに50香港ドル札とオクトパスを手渡してくれた。また一つ壁を超えたような気分で改札に向かう。周囲と同じように「ピッ」とオクトパスをかざせば扉が開く・・はずが開かない。何度やっても開かない。音はするのに開かない。半ばパニックになり、また恐る恐る「客務中心」に戻る。

窓口は2口あるから、ベテランの彼女と違う方にあたりたい。が、そんな時こそあたらない。また来たのと言わんばかりの彼女に向かい「アイキャントユーズディスオクトパス」と伝える。差し出したオクトパスを無言で受け取り、機械にかざす。何かを理解した彼女。遠くの方を見、手招きしたかと思うと、10代と見える少年が近くにやってきて、何やらこちらへ来いと言っている。

歩き出した彼の後を訳も分からずついていく。こちらが差し出したオクトパスを改札にかざすと、先程と同じく「ピッ」と響く電子音。扉は開かない。しかし彼は行けと言っている。「だって扉っていうか、この回転式の鉄の棒が行く手を阻んでいますよ」と弱音を吐く自分の声が聞こえる。力任せに扉を押すと、棒はぐるりと回転し、はるか遠くに思えた改札内に入っていた。後ろをふりむき少年を探すが、見えたのは彼の足速に去る後ろ姿だけ。恥ずかしさと情けなさと嬉しさがぐちゃぐちゃになった気持ちを誰かに伝えたいが、その相手はいなかった。

地下鉄通路にあった日本人女優が使われた電子公告。無我夢中で、地下鉄の写真は一枚もとっていない。

 

目指す駅は一つ隣の銅鑼灣。路線図で行く方向を確認していると、「エクスキューズミー」と声をかけられた。こちらよりはるかに滑らかな英語で、しかし母国語ではないと思われるアジア系の顔をした青年2人が、銅鑼灣を指さしながら「どの電車に乗ればいいのか」と聞いている。同じ英語でも、空港で事務的に話された滑らかな言葉とはまるで違う言語に聞こえる。「私も同じ駅へ向かおうと思っているが、日本人で君たちと同じ観光客だよ」と伝えると、驚いたような嬉しそうな顔をした。私は路線図を指さしながら、「『堅尼地城』が終点のようだから、そこ行きに乗ればいいんじゃないか」と提案し歩き出した。

ホームに向かう間、お互いの話をした。彼らは韓国人で、同じく旅行。私は一人旅だと話すと信じられないという表情をした。電車が来て飛び乗る。銅鑼灣駅で降り、出口へと続く方向を探すと、階段を見つけた彼らがこっちだと手招きしてくれた。「彼らはどこへ行くのだろう。同じビクトリアピークなら、一緒に行きながらこうして交流するのも旅の醍醐味じゃないか」。そんなことを思っているうち、道が分かれている場所へ来た。地図をみながら出口を探すが、お互い全く分からない。私は駅員を見つけ、そちらへ向かって歩き出す間も、彼らは地図の前で相談している模様だ。

行くべき方向が分かった。「これで彼らも同じならまた声をかけて一緒に・・」そう思いながら元いた方へ戻る途中、歩き出した彼らの姿が見えた。その方向は私が向かう出口とは真逆で、彼らは私とは異なる場所へ向かうらしかった。

香港の夜景スポット・ビクトリアピークから見えた景色

 

長い一日だった。成田を発ち、飛行機の中で中国から来た中年男性と話した。空港ではインド系や香港系スタッフの滑らかすぎる英語が冷たく聞こえ、要領も得ず、街へ出るのに2時間近くかかった。今いるのは、日本語を話す香港人の女性がいる宿で、同室には中国本土から来た何語なら伝わるかわからない女の子がいる。夜景を見に行ったビクトリアピークでは、2組の日本人から英語で話しかけられた。「日本人です。一人です」と伝えると、やはり驚かれ、スリに気を付けてと助言をされた。一人でいるから地元の人間に見えるのか、ただ話しかけやすそうなだけなのか。分からないが、この土地で暮らす人となるべく同じ感覚を持ちたいという気持ちだけはあった。そんなことが3泊4日の観光旅行でできないことは分かっていたが、自分と違う文化や価値観を持つ社会へ足を踏み入れる楽しさは、外から眺めることではなく、中に入って感じるもののような気がしていた。

ビクトリアピークから見た夜景は、うっすらとした霧がかかり、観光には及第点ぎりぎりという状態だった。それがかえって飾らない普段着の香港を見ている気がして、心を落ち着かせた。中国語が飛び交うビクトリアピークからのバスに乗り、宿に着くと時刻は22時近くになっていた。

ほぼ初めての海外は女香港一人旅(香港編)ー香港1日目・中ー

異国の洗礼

香港時間で13時30分、611便は定刻通り香港国際空港に着陸した。時計の針を14時30分から1時間早める。航空券を予約したエクスペディアでは「9時30分発13時30分着、所要時間5時間」とあった。ずっと何かの間違いかと思っていたが、ここでようやく時刻が現地時間表記だったことが分かり、海外と国内の旅の違いを知った。飛行機を降り、散り散りになっていく乗客の中で隣席の彼と別れの挨拶をした。てっきり家族か友人との旅だと思っていたら、ツアーに1人で参加しているという。10数人にもなるだろう団体客の中に彼は消えていった。

香港国際空港。香港の思い出として、記憶に強く焼き付いた場所。

 

飛行機の中で感じていた下腹部の違和感を確かめるため、トイレに行くと月のものが来ていた。予定よりずいぶん早い。しかもなぜ香港で。これからの4日間を思い1つ重い荷物を背負わされたような気持ちでトイレを出ると、あれだけいた乗客は誰1人いなかった。案内板らしい案内板もなく、どちらへ行くのが正解かわからず戸惑っていると、私たちが下りたゲートよりさらに奥手から、一方向に歩いていく乗客らしき人がいた。とにかくついて行ってみると、すぐに案内板が出てきた。どうやらエスカレーターを降りるらしい。

降りると、そこは電車のホームになっている。成田とは勝手が随分違う。係員らしい制服を着た女性に「空港を出るのに、この電車に乗るのか」と聞くと、そうだという。信じられなかったが、次々と来る乗客は何の疑いもないという顔で電車を待っている。「ええいままよ」とはこのことだ。とにかく信じてホームに入ってきた電車に乗った。

電車が止まり、扉が開いたのに従ってホームに降りたが、他の乗客は誰一人として下りない。代わりに数人の新たな乗客が乗っていくので慌てて電車に飛び戻る。よくよく車内の電光掲示板を見ていると、どうやらこの先に入国審査へ続く停車場があるらしい。数分で電車が止まると、勢いよく乗客が下りていく。どうやらこの停車場が終点らしいことが分かる。周りの乗客と同じように、今度はエスカレーターを上がり進んでいくと、すぐに「Visitor」と書かれた入国審査場が表れた。入出国カードを記入するが、所々書き方が分からない。係の女性に尋ねながら、やたら「JAPAN」と書かれたそのカードを持って列に並ぶ。日本語も時々聞こえてくるが、圧倒的に中国系の言葉が多い。審査はスムーズに済んだが、この先が心配だった。

 

まず現地通貨をATMでおろし、香港版Suicaであるオクトパスカードを買う。それから市内へ出るためのエアポートエクスプレスに乗るのだ。機内で読んだガイドブックでは、入国審査を終えるとすぐに観光局のカウンターがあると記載があったので、まずそこを頼りにしようと思っていたが見つからない。代わりに目に飛び込んできたHSBC銀行のATMで現地通貨を下した。クレジットカードでキャッシングすること自体初めてだったが、事前に調べていた手順通りに操作し、現金を手にすることができた。

次はこれから行先を決めるための情報収集だが、観光局が見当たらない。今後の天気とエアポートエクスプレスの使用方法次第で、今日この空港と同じ島にある「大澳」に行くかを決めたいのだが、誰にどうたずねればよいのか。見当違いとは思いながらも、近くにいた何かの受付をしている男性に教えてもらったインフォメーションセンターに向かい、尋ねるが、意図が伝わらない。

「天気は雨が降ったりやんだりであまり良くないだろう」「エアポートエクスプレスのことなら販売所で聞いてほしい」との回答を得、不安な気持ちを抱えながら指さされた販売所に向かう。インフォメーションセンターはあくまで空港内の案内をしているのだから、彼女は責務を全うしただけなのだと分かりながらも、この異国から来た心もとない表情の女に、もう少し手を貸してくれないかとの思いがよぎる。あまりにも情けないので書くこと自体どうかと思ったが、誰でも初めはわからないだらけのはず。一度しかない初めての感覚を忘れないためにも、恥をしのんでありのままを記す。

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国際金融都市の香港。香港駅は経済の中心地だ。

エアポートエクスプレスの販売所では、慣れた様子の販売員が、次々来る乗客を手際よくさばく様子がうかがえた。カタコトの英語で要領を得ない質問をしても突き放される雰囲気だ。しかし、聞きたいことは日本語でも何と伝えていいか考えあぐねてしまうようなことだ。とりあえず事前予約をしてバウチャーを持っていること、そしてこの高速列車の本来の行先ではない方向(大澳)へ行ったら予約は無効になるのかを、思いつく限りの単語を並べて聞いてみた。販売員の答えは明快だった。「ノー」。エアポートエクスプレスは青衣・九龍・香港駅にしか停車しない、だから空港のあるランタオ島のどこかへ出てしまえば使えない。彼女は表情一つ変えずそう言ったようだった。

力なく「センキュー」と販売所を後にして、これからどこへ行こうかと頭を切り替える。予想はしていたことだが、事前予約した高速鉄道裏目に出た。というより、まさか空港にほど近い場所に、興味をひかれる場所がでてくるとは想像していなかった。大澳は宿のある香港島からは一番安いフェリーで1時間弱かかる。さらに宿から港へは20分程かかる。往復で3時間はかかる上、フェリーの着く港からはさらにバスを乗り継がなければ行けない。一度宿に腰を下ろしたら、この漁村へ向かうのは少なくとも半日、堪能するなら1日は見たほうがいいように思えた。よほど惹かれるものがあればそれもありだが、この先天気がどうなるかもわからない。どうしたものか。

 

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香港島から出航するフェリー

考えあぐねても仕方がないので、まず宿へ向かうことにした。キャリーケースをがらがらひいて漁村を動くのはなにか不釣り合いに思えたし、下調べはほぼしていない。バスは通っているようだが、地下鉄や路面電車などはなく交通網が乏しそうなのも気がかりだった。宿のある香港島については殆ど調べていなかったが、交通網が発達していることだけはわかっていたので、行けば何とかなるだろ。そう頭を切り替えた。

本当は香港島の手前にある九龍駅で降車し、チョンキンマンションで両替して周囲を散策するのが、金銭的にもルート的にも合理的なのは分かっていた。だが初日にはハードルが高いように思えた。「香港の通貨にも慣れていない、しかも片言の英語ではあちらの手の上で転がされるのでは」。旅のルポタージュ、友人らの経験談でさんざん海外での金銭トラブルを聞かされていた私は、その点は過剰すぎるほど慎重だった。

 

次はオクトパスカードを買わなければならない。周囲を見回すが明確な案内版は見当たらない。恥をしのんで、再度インフォメーションセンターに行く。するとそれもエアポートエキスプレスの販売所で買えるという。150香港ドルを出すと、販売員の女性からオクトパスカードが渡された。こちらはこの販売所とインフォメーションセンターを行ったり来たりで、自分のふがいなさや要領の悪さでなんとも分が悪かったが、販売員の女性はやはり表情一つ変えない。毎日何百人と押し寄せるだろう乗客1人1人のことなど、気に留めていないのだろう。ようやく街中へ出られる準備ができた私は、促されるままにエアポートエクスプレスに乗車した。ガイドブックを読んでいるとすぐに香港駅に着き、流れに任せて改札口へ向かう。そこから街中へ向かう無料のシャトルバスに乗り継げば、目的の宿はすぐそばだ。

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トラム・バス・ミニバス・タクシーが並走し、地下には鉄道も通る英皇道。オクトパスは、あらゆる交通機関の他店舗でも使える。

そこでまた疑問が沸いた。事前に予約したエアポートエクスプレスの往復バウチャー券には7月9日、つまり今日の日付しか印字されていない。帰りの乗車時はどうすればいいのか。改札を通り抜け、シャトルバスの受付まで来ていた私は何も考えず、目の前にいたバスのスタッフに聞いてみた。彼にすれば見当違いの質問をされているのだから、困惑するしかないのだが、こちらは必死の形相だ。なにせこの広い空港だ。ここまで来るのに1時間半かかっている。帰国時もこの有り様で動いたら、飛行機に乗り遅れることも現実になりそうな気がした。

目の前の彼は、こちらの意図を解釈しようと周りのスタッフらと相談している。そして「エアポートエクスプレス」の単語を何度も繰り返す日本人に、先程通ってきた改札口の方を指さした。そこでようやく理解した。彼らはあくまでシャトルバスの受付が仕事で、エアポートエクスプレスのチケットや使い方などは専門外なのだ。指さされた改札口に座った流暢な英語を話す男性に必死に尋ねると、「持参しているバウチャー券は往復使えるから問題ない」との答えが返ってきた。彼はバウチャー券に印字された「Round Trip」の単語を指さした。これが往復券との意味であることは、私にもわかった。「Really?」「I see.」「Thank you.」おそらくこの3語を呆然としながら連発したような記憶がある。英語で印字されたバウチャーには、よく読むと「往復券のため、同じ券で帰りも乗車することが可能」と書いてあった。

恥ずかしさを通り過ぎ、申し訳ない気持ちでまたシャトルバスの受付へと向かう。先程の男性らも、こちらの問題が解決したことが分かったのか、どことなく穏やかな表情で乗り場へ案内してくれる。その優しさがむしろ申し訳ない。穴があったら入りたいとはこの状態、香港空港で関わった全ての空港スタッフから私の記憶を消してほしいと願った。これが香港の始まりだった。