ことり通信

地域ならではのすてきなものや旅のことをつらつらと

ほぼ初めての海外は女香港一人旅(香港編)ー香港1日目・中ー

異国の洗礼

香港時間で13時30分、611便は定刻通り香港国際空港に着陸した。時計の針を14時30分から1時間早める。航空券を予約したエクスペディアでは「9時30分発13時30分着、所要時間5時間」とあった。ずっと何かの間違いかと思っていたが、ここでようやく時刻が現地時間表記だったことが分かり、海外と国内の旅の違いを知った。飛行機を降り、散り散りになっていく乗客の中で隣席の彼と別れの挨拶をした。てっきり家族か友人との旅だと思っていたら、ツアーに1人で参加しているという。10数人にもなるだろう団体客の中に彼は消えていった。

香港国際空港。香港の思い出として、記憶に強く焼き付いた場所。

 

飛行機の中で感じていた下腹部の違和感を確かめるため、トイレに行くと月のものが来ていた。予定よりずいぶん早い。しかもなぜ香港で。これからの4日間を思い1つ重い荷物を背負わされたような気持ちでトイレを出ると、あれだけいた乗客は誰1人いなかった。案内板らしい案内板もなく、どちらへ行くのが正解かわからず戸惑っていると、私たちが下りたゲートよりさらに奥手から、一方向に歩いていく乗客らしき人がいた。とにかくついて行ってみると、すぐに案内板が出てきた。どうやらエスカレーターを降りるらしい。

降りると、そこは電車のホームになっている。成田とは勝手が随分違う。係員らしい制服を着た女性に「空港を出るのに、この電車に乗るのか」と聞くと、そうだという。信じられなかったが、次々と来る乗客は何の疑いもないという顔で電車を待っている。「ええいままよ」とはこのことだ。とにかく信じてホームに入ってきた電車に乗った。

電車が止まり、扉が開いたのに従ってホームに降りたが、他の乗客は誰一人として下りない。代わりに数人の新たな乗客が乗っていくので慌てて電車に飛び戻る。よくよく車内の電光掲示板を見ていると、どうやらこの先に入国審査へ続く停車場があるらしい。数分で電車が止まると、勢いよく乗客が下りていく。どうやらこの停車場が終点らしいことが分かる。周りの乗客と同じように、今度はエスカレーターを上がり進んでいくと、すぐに「Visitor」と書かれた入国審査場が表れた。入出国カードを記入するが、所々書き方が分からない。係の女性に尋ねながら、やたら「JAPAN」と書かれたそのカードを持って列に並ぶ。日本語も時々聞こえてくるが、圧倒的に中国系の言葉が多い。審査はスムーズに済んだが、この先が心配だった。

 

まず現地通貨をATMでおろし、香港版Suicaであるオクトパスカードを買う。それから市内へ出るためのエアポートエクスプレスに乗るのだ。機内で読んだガイドブックでは、入国審査を終えるとすぐに観光局のカウンターがあると記載があったので、まずそこを頼りにしようと思っていたが見つからない。代わりに目に飛び込んできたHSBC銀行のATMで現地通貨を下した。クレジットカードでキャッシングすること自体初めてだったが、事前に調べていた手順通りに操作し、現金を手にすることができた。

次はこれから行先を決めるための情報収集だが、観光局が見当たらない。今後の天気とエアポートエクスプレスの使用方法次第で、今日この空港と同じ島にある「大澳」に行くかを決めたいのだが、誰にどうたずねればよいのか。見当違いとは思いながらも、近くにいた何かの受付をしている男性に教えてもらったインフォメーションセンターに向かい、尋ねるが、意図が伝わらない。

「天気は雨が降ったりやんだりであまり良くないだろう」「エアポートエクスプレスのことなら販売所で聞いてほしい」との回答を得、不安な気持ちを抱えながら指さされた販売所に向かう。インフォメーションセンターはあくまで空港内の案内をしているのだから、彼女は責務を全うしただけなのだと分かりながらも、この異国から来た心もとない表情の女に、もう少し手を貸してくれないかとの思いがよぎる。あまりにも情けないので書くこと自体どうかと思ったが、誰でも初めはわからないだらけのはず。一度しかない初めての感覚を忘れないためにも、恥をしのんでありのままを記す。

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国際金融都市の香港。香港駅は経済の中心地だ。

エアポートエクスプレスの販売所では、慣れた様子の販売員が、次々来る乗客を手際よくさばく様子がうかがえた。カタコトの英語で要領を得ない質問をしても突き放される雰囲気だ。しかし、聞きたいことは日本語でも何と伝えていいか考えあぐねてしまうようなことだ。とりあえず事前予約をしてバウチャーを持っていること、そしてこの高速列車の本来の行先ではない方向(大澳)へ行ったら予約は無効になるのかを、思いつく限りの単語を並べて聞いてみた。販売員の答えは明快だった。「ノー」。エアポートエクスプレスは青衣・九龍・香港駅にしか停車しない、だから空港のあるランタオ島のどこかへ出てしまえば使えない。彼女は表情一つ変えずそう言ったようだった。

力なく「センキュー」と販売所を後にして、これからどこへ行こうかと頭を切り替える。予想はしていたことだが、事前予約した高速鉄道裏目に出た。というより、まさか空港にほど近い場所に、興味をひかれる場所がでてくるとは想像していなかった。大澳は宿のある香港島からは一番安いフェリーで1時間弱かかる。さらに宿から港へは20分程かかる。往復で3時間はかかる上、フェリーの着く港からはさらにバスを乗り継がなければ行けない。一度宿に腰を下ろしたら、この漁村へ向かうのは少なくとも半日、堪能するなら1日は見たほうがいいように思えた。よほど惹かれるものがあればそれもありだが、この先天気がどうなるかもわからない。どうしたものか。

 

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香港島から出航するフェリー

考えあぐねても仕方がないので、まず宿へ向かうことにした。キャリーケースをがらがらひいて漁村を動くのはなにか不釣り合いに思えたし、下調べはほぼしていない。バスは通っているようだが、地下鉄や路面電車などはなく交通網が乏しそうなのも気がかりだった。宿のある香港島については殆ど調べていなかったが、交通網が発達していることだけはわかっていたので、行けば何とかなるだろ。そう頭を切り替えた。

本当は香港島の手前にある九龍駅で降車し、チョンキンマンションで両替して周囲を散策するのが、金銭的にもルート的にも合理的なのは分かっていた。だが初日にはハードルが高いように思えた。「香港の通貨にも慣れていない、しかも片言の英語ではあちらの手の上で転がされるのでは」。旅のルポタージュ、友人らの経験談でさんざん海外での金銭トラブルを聞かされていた私は、その点は過剰すぎるほど慎重だった。

 

次はオクトパスカードを買わなければならない。周囲を見回すが明確な案内版は見当たらない。恥をしのんで、再度インフォメーションセンターに行く。するとそれもエアポートエキスプレスの販売所で買えるという。150香港ドルを出すと、販売員の女性からオクトパスカードが渡された。こちらはこの販売所とインフォメーションセンターを行ったり来たりで、自分のふがいなさや要領の悪さでなんとも分が悪かったが、販売員の女性はやはり表情一つ変えない。毎日何百人と押し寄せるだろう乗客1人1人のことなど、気に留めていないのだろう。ようやく街中へ出られる準備ができた私は、促されるままにエアポートエクスプレスに乗車した。ガイドブックを読んでいるとすぐに香港駅に着き、流れに任せて改札口へ向かう。そこから街中へ向かう無料のシャトルバスに乗り継げば、目的の宿はすぐそばだ。

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トラム・バス・ミニバス・タクシーが並走し、地下には鉄道も通る英皇道。オクトパスは、あらゆる交通機関の他店舗でも使える。

そこでまた疑問が沸いた。事前に予約したエアポートエクスプレスの往復バウチャー券には7月9日、つまり今日の日付しか印字されていない。帰りの乗車時はどうすればいいのか。改札を通り抜け、シャトルバスの受付まで来ていた私は何も考えず、目の前にいたバスのスタッフに聞いてみた。彼にすれば見当違いの質問をされているのだから、困惑するしかないのだが、こちらは必死の形相だ。なにせこの広い空港だ。ここまで来るのに1時間半かかっている。帰国時もこの有り様で動いたら、飛行機に乗り遅れることも現実になりそうな気がした。

目の前の彼は、こちらの意図を解釈しようと周りのスタッフらと相談している。そして「エアポートエクスプレス」の単語を何度も繰り返す日本人に、先程通ってきた改札口の方を指さした。そこでようやく理解した。彼らはあくまでシャトルバスの受付が仕事で、エアポートエクスプレスのチケットや使い方などは専門外なのだ。指さされた改札口に座った流暢な英語を話す男性に必死に尋ねると、「持参しているバウチャー券は往復使えるから問題ない」との答えが返ってきた。彼はバウチャー券に印字された「Round Trip」の単語を指さした。これが往復券との意味であることは、私にもわかった。「Really?」「I see.」「Thank you.」おそらくこの3語を呆然としながら連発したような記憶がある。英語で印字されたバウチャーには、よく読むと「往復券のため、同じ券で帰りも乗車することが可能」と書いてあった。

恥ずかしさを通り過ぎ、申し訳ない気持ちでまたシャトルバスの受付へと向かう。先程の男性らも、こちらの問題が解決したことが分かったのか、どことなく穏やかな表情で乗り場へ案内してくれる。その優しさがむしろ申し訳ない。穴があったら入りたいとはこの状態、香港空港で関わった全ての空港スタッフから私の記憶を消してほしいと願った。これが香港の始まりだった。