ことり通信

地域ならではのすてきなものや旅のことをつらつらと

ほぼ初めての海外は女香港一人旅(香港編)ー香港2日目ー

彷徨いと再会

街が起ききらない9時過ぎ、私は香港最大の公園、ビクトリア・パークに来ていた。昨夜のビクトリアピークや往復のバスで人疲れしたのか、朝一番に思ったことが、「緑にふれたい」だったのだ。考えてもないことだったが、セットしたアラームより早く目を覚ましたことだし、朝の公園が気持ちいいのは万国共通だろうと思った。同室になった相手と気が合えば一緒に行動することも面白い、と淡い期待を持っていたが、彼女とは寝起きの時間が異なり、中国本土から来たことは分かったが、英語は通じず、グーグルを使っても何語で話しかければいいのかもわからない有り様だった。

 

                 ビクトリア・パークで咲いていた花

 

香港固有の植物なのか、それともイギリスゆかりのものなのか、見慣れない花や植物が至る所に整然と植えられている。屋根がついた吹きさらしの休憩所には、地元の年配者が集まって世間話をしたり、近くに設置された健康器具のような遊具で汗を流している。止まりどまりだが、宿かからここまで1時間ほどはかかっただろうか。じっとりとした湿気が体にまといつき、汗が噴き出している。何脚もイスが置かれた休憩所にそっと入らせてもらい、汗がひくのを待った。広東語か北京語かわからない中国語だけが聞こえてくる。見よう見まねで、遊具を使って彼らと同じ運動をしてみる。誰もこの場来訪者を気に留めている様子はなかったが、彼らの日常に邪魔していることがどことなく窮屈な気がして、その場を離れた。

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人気がまばらな朝のビクトリア・パーク

少し行くと、硬式テニスのコートが表れた。高校生か大学生だろうか、前や横にフットワーク良く動く青年らは、コーチ付きで朝の練習をしているようだ。コートを抜けると、右に抜ける街路樹が向こうまで連なっているのが見える。横にはバスケットコートもある。そういえば、昨日トラムから、森の中にバスケットをする人の姿がぼんやりと見えた。ここは老若男女、香港に住む皆にとってのオアシスなのだ。左に進めば出口があるが、どこかのベンチに座ってもう少しこの空間を味わいたいと思った。

後ろを振り向くと、テニス観戦用と思しき場所に数個のベンチが並んでいる。激を飛ばされながらボールを追いかける女子生徒と、遊びに興じる青年の2組を眺めながら、私は一体何者に見えているだろうと思う。隣に座った母親らしい女性は、盛んに女子生徒に声をとばし応援に余念がない。ふと空腹感を覚え、朝食に頼んだピータン入り粥が思い出された。漢字から推測したメニューには、数少ない苦手食材ピータンが入っており、腹6分目といったところで店を後にしたのだ。公園を抜けた先にある大坑は、路地裏散歩が楽しい注目のエリアらしい。そこに行って何かをつまむことにした。

宿で教えてもらった「海皇粥店」でオーダーした皮蛋(ピータン)入り粥。蟹か魚介系の具材を期待したが・・

 

制服姿の学生が歩く大坑を気の向くままに歩く。薄暗い路地に入ると、集会所のような造りの教会があるかと思えば、突如現れる高層の建物。その奥にはいかにも香港といった小さな建築物が見える。

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屋上にとりつけられた十字架から、教会であることがわかる


蓮華宮は、私を含めた日本人女性が好みそうな愛らしい外観をしている。気持ちを整え、中へ入る。充満する煙の中に見える独特の装飾、長い線香に次々と火をつけ祈りをささげる来訪者、きらびやかな回転物、何もかもが日本の寺とは異なる。ただそこにあるのが強い祈りであるということだけは分かる。唾を飲み込む音が自分の喉元から聞こえる。

 

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祈りをささげる来訪者

         蓮華宮の天井には、この地の祭りにちなんで龍が描かれている

 

外へ出ると小雨が地面を濡らしていた。蓮華宮の裏手には傾斜状の小さな公園が隣接している。人気のない公園へ上がり、古廟を見ると、鳥の形をしたモチーフが屋根についている。寺へ入る前、建物に止まるトサカの特徴的な鳥に目を奪われたが、あれはこの鳥だったのだろうか。勝手に「こちらを歓迎してくれている」なんて思ったが、あながち間違ってはいなかったようだと体が軽くなる。

 

空腹を満たそうとまた歩き出すが、大坑の町はまだ寝起きのようだった。開いている店に目をやるも惹かれない。目に入るのは、自動車関連の工場で作業する裸姿の男たちだった。うず高く積まれたタイヤや配線むき出しのタクシー、蒸気が充満するクリーニング店。ここには観光に訪れる外国人客や香港の暮らしそのものを支える人がいる。汗だくの男たちが働くすぐ隣には、高級車の並ぶ高層の建物がそびえ立っていた。歩けばすぐ町のはずれについてしまうほど小さな大坑には、バ―レストランや洋菓子店など、東京と変わらない海外のおしゃれな店が散見される。私もそれに惹かれて来たはずだったのに、そうした店に集まる身ぎれいな客を目にしては、みるみる興味をなくしていく自分を感じていた。

 

                   古廟に止まっていた鳥

           蓮華宮裏の公園から見えた、古廟の天井につけられたモチーフ

 

 

香港在住のマンゴー(仮名)が慣れた手つきで器を洗う姿をみながら、私はこの瞬間が現実だという実感を持てないでいた。マンゴーとは7年前、日本を一人で縦断している旅の最中に大分の民宿で知り合った。当時から日本に住みたいと願い、フェイスブックの様子では何度も日本を訪れていたが、暮らしは今も香港にあるようだった。香港に行くと決めてから、7年ぶりに連絡をしたマンゴーは、こちらが恐縮するくらい地元のおすすめスポットなどをレクチャーしてくれた上、仕事終わりに夕食を共にすることを快諾してくれた。

大坑の後訪れた香港公園の素晴らしさや、その中にある茶具文物館でお茶の歴史や道具の美しさに魅了されたこと。雨が降ったりやんだりする中、取りつかれたように公園からSOHOまで街を歩き続け、最先端カルチャーの空気を感じたこと。それが原宿のようだったこと。この飲茶店に来るまでも、時間のかかるトラムにあえて乗って来たほど気に入ったことなど、香港に着いてからのことをひとしきり話すと、客は私たちだけとなっていた。香港の飲食店は22時や23時まで開いているのが当たり前だが、この店は21時半に閉まるという。閉店までまだ15分程あったが、店員らは空になった皿や籠を引き上げ、人のいなくなった客席のイスを次々と上げて掃除をし始めた。

     SOHOエリアにある階段状のストリート。香港が島であることを感じさせる街並み。


せかされるように席をたった私たちがひとまず外に出ると、「甘いものは食べたくないですか」とマンゴー。ぜひ連れてきたかったと言う店は、映画『恋する惑星』の劇中で撮影に使われていた店を彷彿とさせた。22時近くだというのに、町のデザート専門店に大人も子供も集い、温かいスイーツに舌鼓を打っている。マンゴーおすすめの、湯葉とゆで卵の入った甘いしょうが汁に舌をつける。彼女はこれが大好きだと言うが、正直よくわからなかった。まずくはないが、なぜ甘い汁にゆで卵を、と思わずにいられない。

 

話はお互いの仕事の話や、結婚したマンゴーの暮らしに移っていた。働き方改革が叫ばれる今の日本と他国はどうなのか興味がある私と、ワークライフバランスを重視した働き方を求めて転職したと話す彼女。今は教育機関で働くという彼女に、ずっと聞いてみたかたデモの話を尋ねてみた。答えは思った以上にあっさりしたもので、デモに参加することは当然という考えのようだった。だだ、彼女は身ごもっているため、体のことを考えて不参加にしていると目を落とした。

               マンゴーが連れて行ってくれたスイーツ店

この日訪れた香港公園の近くには、数日前にデモ隊の一部が襲撃した立法府があることは意識していたが、付近を歩いても街では日本で報じられるような混乱や残骸は何一つ感じられなかった。おそらく当局が厳重に管理しているのだろう。デモも週末には実施されるというが、私が訪れた4日間は街の秩序は保たれ、報道が嘘のような平穏さだった。唯一目にしたのは、通りにある電圧調整用の配電盤か、無機質な鉄製の箱にスプレーで書かれた解読不能な漢字くらいであった。

 

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香港公園は、高層ビルの立ち並ぶオフィス街にある。

「産前産後休暇だけでなく、育児休暇制度がある日本がうらやましい」と話す彼女には、今も日本で暮らしたいという思いがあるようだった。うらやましいのはそれに限った話ではないのだろうが、7年前、たった1日の出会いがつないだ縁の彼女にそれ以上を尋ねるのは、関係を壊すのではないかと不安がよぎり、話は途切れ途切れになった。時刻は23時近くになっていた。未だ慣れない紙幣の算段に手間取っている間に、こちらの分までお勘定を済ませてしまったマンゴーは、宿まで私を見送ると「また何か困ることがあったら連絡してください」と丁寧な日本語で言った。その姿が見えなくなるまで、私は彼女を目で追った。今度彼女が日本へ来るときは必ず温かく迎えよう。何か役に立とう。異国で受けた優しさを今度は自分が返そうと誓った。そして人の縁の不思議と、7年の時間を簡単に超えてしまう旅の力を感じていた。

 

       マンゴーが手配してくれた飲茶店で。話に夢中で味はよくわからなかった。