ことり通信

地域ならではのすてきなものや旅のことをつらつらと

ほぼ初めての海外は女香港一人旅(香港編)ー香港1日目・上ー

飛行機の中の異国

7月9日6時すぎ、成田空港内北ウェイティングエリアで目を覚ました私は、成田発9時30分香港航空611便が発つ第一ターミナルへ向かうため、第二ターミナルを7時過ぎに出る空港内バスに乗車。10分もかからずに目的の第一ターミナルへ着くと、ネットで事前予約していたグローバルWi-Fiのモバイル端末を受け取るため、出発ロビーである4階へ向かった。早朝の成田は営業時間前の店が多く、空港という華やかなイメージとは違う表情をしている。準備編で書いたように、手荷物検査にトラウマがある私は、とにかく搭乗前の手続きを早めに終えたい一心で、わき目もふらずに香港航空のチェックインカウンターに向かった。

事前にEチケットを受け取っていたので、ここでの手続きはスムーズだ。チケットを見せ、紙の搭乗券を発行してもらう。「キャリーケースを機内持ち込みにしたい」と伝えると、カウンターの女性はベルトコンベアー上になった荷物台にのせ、6.7kgという重さが計測された。この後の手続きに進めば後には戻れない。事前に購入していた朝食を足早に食べ、ペットボトルのお茶をすべて飲みほし、国際線出発口へ向かった。

「これでやっとトラウマを払拭できる」そんな気持ちで列に並んだ。荷物検査(正式には搭乗前安全検査)はあまりにもスムーズだった。腕時計の外し忘れも、液体類として一つにまとめるべきとされるジェル状のリップを入れ忘れても、何も言われずキャリーケースを開けられることもなかった。搭乗の締め切り時間とされる9時10分の20分前、私は611便の搭乗ゲート前のイスに座り、搭乗開始時刻になるのを待った。指定した座席に座り窓の外を眺めていると、出国できる安堵感でいっぱいになっている自分を感じた。

 

搭乗ゲート前から見た景色

 

予め指定していた席は、決まりの窓側だったが、通路側には先客が座っていた。機内持ち込み制限一杯のキャリーケースを持ち上げるのに苦労していると、先客の彼は何も言わずそれを頭上のトランクに入れてくれた。アジア系の顔つきではあったが、日本人ではない。「サンキュー」と笑みを浮かべながら礼を言うと、任せておけという満面の笑みが返ってきた。年は40後半から50代だろうか。離陸前から機内のあちこちをきょろきょろ見たり、乗務員に何かをたずねている。好奇心を抑えきれずにいるのが体中からにじみでている。そうかと思えば、前後の乗客にしきりに話しかけてる。言葉からすると、香港あるいは中国辺りからの、家族旅行のようだ。飾らない彼に親しみを覚えた私は、自然と話してみたいと思った。旅に出る前決めたことがいくつかあった。

疑問があったら自分だけで解決せず、人と言葉を交わすこと。相反するが、旅の技術としてスマホのテクノロジーも使ってみること。両替や現地でのカード使用など様々なお金の使い方を試すこと。現地最新情報の収集方法を会得すること(デモの報道があったので必然)。手ごろで美味しい料理や自分だけのお気に入りを見つける勘を養うこと。身の安全を確保できる方法を会得し、危険察知の感覚を養うこと。語学力のなさを痛感して今後のモチベーションにすること。そして偶然の出会いを大切に決め過ぎない旅をすることだ。これまで国内で一人旅をしてきて、少し前から旅の醍醐味が人との出会いだということを感じるようになっていた。だから、現地在住者かどうかに限らず、とにかく出会った人に話しかけてみようと思っていた。

 

隣席の彼は中国本土から来ている教師であるらしかった。お互いカタコトの英語で「なぜ日本に来たのか」「なぜ香港へ行くのか」「どこに行ったのか」「どこへ行くのか」「どこへ住んでいるのか」と、つたない英単語をつなげ、ボディランゲージを交えながら会話をした。「何か要望があれば私に言いなさい。乗務員につないであげる」。一人旅で香港へ向かうとの言葉に驚く表情をした彼は、そう目配せをしてきた。父親のような表情を浮かべる彼に、小柄な日本人の私は学生にでも映ったのかもしれない。

香港と日本のミックスのような機内食をひとしきり食べると、海外旅行ガイド本のブックの草分け『地球の歩き方 香港マカオ深圳』を取り出した。何せ出発を決めたのが10日前、海外へ出るのは小学生以来である。荷物や航空券の手配等の準備で精いっぱいで、香港で何をするかは現地の友人と食事をすること以外、空白だった。まずは香港空港に降り、ホテルに到着するまでの手段を確認した。空港からホテルのある香港島の香港駅まで直接つなぐ「MTRエアポートエクスプレス」の往復チケットを予約してあったから、空港内で迷わなければ問題ないはずだ。ただ、頭をよぎったのは国際空港である香港空港の広さだ。『地球の歩き方』に掲載された空港内マップを見る限り、かなり広いことが分かる。「後の予定はないのだから気にすることはない」という自分と、「日本とは勝手の違う場、しかもほぼ初めての海外が一人きりで大丈夫か」と不安を募らせる気持ちが混在していた。そうは言ってもとりあえず行先を決めなければどこへも向かえない。予約した格安ホテル「ホーミーインノースポイント(Homyinn|灝美連鎖式旅舍」は、香港島のあらゆる交通機関へのアクセスはいいが、中心部のやや外れに位置している。『地球の歩き方』のメイン地図にものっていない点からすると、観光スポットとされるところからは少し距離があるらしかった。

 

香港航空の機内食。サバの塩焼き定食に、パンとヨーグルトがついていた。

 

香港へ渡航経験のある友人らに聞いた場所をガイドブックで確認してみる。あまり興味をひかれない。次に日本で知り合った香港人の友人に聞いたおすすめの場所を見てみる。香港観光の定番とされる夜景スポット、下町情緒が残る街並み・シャムスイポー、香港空港があるランタオ島の漁村・大澳。初めての香港では行かないだろうと思われる漁村にひかれたが、場所と天気が気になった。亜熱帯気候に属する香港の夏は日本より湿気が高く、天気が不安定だと聞いていた。香港国際空港の気象予報によると、滞在予定である4日間のうち前半3日は雷雨マーク。現地の友人に聞いた情報では、日本より雷も雨も大したことはないというが、どの程度なのか想像がつかない。日本の雷雨といえば雷鳴が鳴り響き、稲妻があちこちでピカピカ光り、傘をさすこともはばかれる。離島である漁村に行くならフェリーを使いたかったが、雷雨の中行った所で悲惨な思いをすることは想像できた。どうせならマカオにも行ってみたいとも思っていたが、行先は天気次第で決めることにした。

唯一行くことを決めていたのが、香港島と海を隔てた九龍半島にあるチョンキンマンションだった。ネイザンロード沿いに立つこの建物は、レートのいい両替商が複数あると聞いていたし、各フロアには国際色豊かな安宿が立ち並び、混沌とした雰囲気が感じられた。香港へ行くと決めてから思い出したのが自分でもおかしかったが、海外への思いを膨らませた『深夜特急』で、沢木耕太郎が最初に降り立った場所が香港であり、彼が拠点としたのがネイザンロード付近だった。今も当時の香港の雰囲気を感じられるのではないかという淡い期待があった。

あれこれページをめくっていると、隣席の彼がガイドブックを貸してと言ってくる。「旺角」というエリアを開いて、「ここは良かった。行くべきだ」と言っている。見ると、そこは手頃な値段で食品や雑貨など、あらゆる物が手に入れられる商店街が立ち並ぶ活気ある街とある。香港の昔ながらのイメージがまだそこにはまだあるのだろうか。旺角、チョンキンマンション、シャムスイポー、そして大澳。香港という漠然としたイメージが、一つ一つ輪郭として見えてきた。